もぐら子は自立したい

-とあるASD女の生存戦略-

私の中に2人の私がいる話

私が癇癪を起こさないのは、もう1人の私が必死に論理的になだめているからだ。

 

もう1人の私がいなければ、私生まれ持った考え方をしてその通りに行動するだろう。

 

私が不思議に思うのは、私が思うことと別に論理的に判断してくれるもう1人の私がいることだ。同じ脳なのにどうして、2人の私がいるんだろ。

 

このもう1人の私、名前をつけるならサキちゃんとしよう。

サキちゃんは何もかも論理的で、人々の行動を観察してくれる。

そして、人が行動をするときの動機や対処法、真似の仕方を教えてくれる。

どんなに私が嫌でいうことを聞きたくなくても、サキちゃんのいう通りにしていれば大ごとにはならないで済む。

怖いのは、私の精神がブレにブレまくるとき、サキちゃんのいうことが耳に入らず、歯止めが効かなくなる。

癇癪を起こし壁や部屋のものをぐちゃぐちゃにする。好きなものを壊そうとしたところすんででサキちゃんが出てくる。「これを壊したところで何も変わらない。変わるとすれば、壊した後の後悔と片付けが生じる。」

 

本当の私は極端な考え方をしていて、人の言葉の意味や雰囲気が分からず、「なぜ」こうしないといけないかという理由がなければ動きたくないし協力もできない。

だからサキちゃんのように人の行動パターンを教えて真似してくれる存在が大切だ。

このサキちゃんが有効なのが、私の精神が安定している時だけなのが問題だ。

私がやらかす時は、精神が不安定で自分の歯止めが効かなくなった、誰のいうことも耳に入らない時だから。

 

だから私は、精神的に安定したい。

空が綺麗だと思える心が保てるようなところで働きたい。